連載「音楽と私」 最終回 「記憶に残るライブ」

南地区4班 綱島正寛 株式会社ツナシマ

長いこと音楽とのつながりを書いてきました。その最後に「記憶に残る演奏は?」と聞かれたら、迷わず平成20年9月3日、帝国ホテル“富士の間”における演奏と答えます。それは全く予期せぬ出来事があっての演奏でした。
私の岳父は戦後復興の象徴と言える「アメ横」から事業を立ち上げた言わば立志伝中の男でした。若かった20 ~ 30歳代の我武者羅に生きた過去を振り返り、晩年「私の生きざまを若い人に少しでも知ってもらいたい!」との気持ちで半生を記した自叙伝を出版致しました。出版に際し「この自叙伝の出版記念を帝国ホテルで開きたい」と言い出し、私は裏方として奔走することになりました。ご招待客のリストアップに始まり、当日の席順まで連日打ち合わせや調整に追われました。父も自分にとっては最後の催事となるかも知れない、との思いで数少なくなった戦友や趣味の仲間にご招待状を届けるため9月の残暑の中をかけずり回りました。
しかし、90歳を超えた老体にはやはり無理が祟り体調を崩し、パーティー前日に入院しなければならい事態が発生してしまいました。本人不在の出版記念パーティーは延期もキャンセルも出来ません。裏方としては“万事休す”の心境でした。
司会を頼んだ友人に相談致しました。友人が一言、「これはPolestarの出番ですね!」。これで決まりました。緊急連絡がポールスターの面々に届きました。事情も分からないままに帝国ホテルに集合がかかりました。遠く旭川から駆けつけてくれたメンバーもおります。宴会場では何か普段の“出版記念パーティー”と違和感があると感じていたご来場者が演奏が始まりステージの緞帳が上がり歓声とも驚きとも言えない声が広がりました。
「何だ!これは!」「婿殿も演奏するのか!」「おー」「ヤー」の声が耳に入りました。500人からのご招待者が誰一人本人不在の不満を口にされた方はおられませんでした。絶対絶命のピンチを救ってくれたのは他ならぬ“BIG BAND Polestar”のメンバーでした。
素人の音楽仲間とは申せ、金銭ではない人間として本当の付き合いを心に刻んだ瞬間でした。仲間でも「帝国ホテルのライブは計画して出来るものではない」という思いは今でも続いています。
音楽は道楽には成り得ません。趣味が高じて家計の崩壊もありません。音楽に必要なのは「健全な精神」と「健全な肉体」なのです。
-完-